Plant seeds

露頭に迷ってしまいそうな大学院生が、どこかに書かなければ忘れてしまいそうな大切なことをここに残していきます。

近況報告(10月第3週)人について

ブログの更新をしばらくサボっていたので第4週の日にまとめてやってしまいます。

この週は、輪講の発表と社会貢献団体の集まりがありました。

特に思い出に残ったことは、社会貢献団体の集まりのときのことです。

 

心配事はほとんど起こらない

友達にLINEで愚痴をこぼしてしまいました。今思えばそんな大したことではないのですが、めんどくさい人だと思われたかなと不安になっていました。そのLINEを送った後にあったときは、(相対的に)僕との対応の感触がよくありませんでした。

おそらくたまたまだったのだと思いますが、僕は凹んでしまいました。嫌われてしまったのだと思いましたが、その次の次に会った集まりのときは全くそんな気配もなく普通どおりに付き合ってくれました。というより、本当にたまたまだったのでしょう。

当たり前ですが、相手も人間なのでいつも同じような接し方なんてできるはずがありません。こちらも不安な気持ちで接するから相手もどうしていいかわからなかったのだと思います。

心配していいことはほとんどありません。特に、何も意識していなくても心配できる人格であればそもそも心配する必要などありません。一番やってはいけないのは、心配している雰囲気を相手に漏らしてしまうことだと思います。お互いのためにも心配はしないで生きていきたいと考えさせられました。

 

人の本質

僕のミッションとして、人の本質について見極める力を身につけることがあります。その中で、僕は人の本質を見誤っていたことに気付かされました。社会貢献団体のメンバーのM君。とてもやる気があるのですが、意見を言うときに人を煽るような言い方になってしまいます。僕はそれを見て協調性が足りないなと思っていました。もう少しすくい上げてあげられるような言い方はないのかとか、人の悪い面ばかり見てしまっていました。

僕自身、言いたい放題に言って失敗した経験が多くあり、そのような配慮は人以上に気をつけています。そのおかげで大分信頼されるようになりました。その背景もあり、M君に対して冷ややかな見方をしていました。

しかし、この日の集まりのとき、彼の冷たい言い方の裏にはやはり優しさがあるのだということに気づくことができました。普段から冷たいような言い方をする人ではないことを知ったからです。

人は少しでも気になるととことん気になる癖を持っています。その癖をいかに客観的に間違っていると唱えられるかが、その人の本当の姿を見抜くのに必要だと考えさせられました。

 

多くの人と会う社交的な場面はやはり苦手ですが、こうして人と関わることで自分が今まで気づかなかったことに多く気付かされます。そうして自分自身を磨くこともできるのでこれからも続けていきたいですね。