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路頭に迷ってしまいそうな大学院生が、どこかに書かなければ忘れてしまいそうな大切なことをここに残していきます。

構音障害を治すことを決意した

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こんにちは。

しゃべることに誰よりも自信がないことに自信がある僕です。

 

はじめに

3ヶ月ほど前の就活で障害者雇用に逃げようかと悩み(障害者雇用は決して逃げではないよ!!)、人事の方の後押しで一般雇用で内定(積極的な障害者雇用にリソースが割けていなかっただけの企業です)したという経験もあってか、自分が障害者であるという自覚を何度も思い起こされてきました。そんなことがあるうちにどうすれば自分が自分の障害に対してポジティブにいられるだろうかを考えるようになりました。

本筋からそれますが、これに対する一番重要なポイントとして、聴覚障害に対して自分が悩んでいることは相手にはほとんど共感されていないし、自分の聴覚障害に対して相手はほとんど興味がないんです。

※これは決してネガティブな捉え方ではなく、自分の考えに共感されると感じることはできる人間だからこそ、あえてそういう表現をしています。

ただ自分は面倒な存在でしかないということは紛れもない事実であり、音声を主要なコミュニケーションとして扱うホモ・サピエンスとして生まれたからには避けようの無い事実なのです。

これをどう乗り越えるかの一番のキーは、とにかく回り道をすることです。相手にいかに面倒な気持ちをさせずお互いに快適な状況を作ることができるかを回り道で作っていくしかないんですよね。

そんなこんながあり、最近は聴覚障害に対する悩みが減り*1、これからは聴覚障害に屈せず明るく生きていこうと思っていました。

 

話すことの障害の自覚

しかし、まだ壁がありました。当然聴覚障害があれば構音障害を併発する確率は特段に上昇します。難聴の方や聾の方の話し声を聞いたことがある方はわかると思いますが、発達の段階で学習に必要な音をうまく聞くことができなければ当然それを再現することはできません。

音の違いの重要さに気づくことができないので曖昧でぼやーんとしたまさに自己流のような発音になっていきます。

 

発音が悪いことは昔から馬鹿にされてきました。しかし、馬鹿にされていた当初は気にもとめていなかったし、中学校の放送委員会に自ら立候補するくらい話すことが好きだったほどでした。自分の放送当番のあと、毎回僕の発音を真似して馬鹿にしてる同級生がいましたが、当然気にもとめていませんでした。そもそも発音に対する重要さを理解できていませんでした

発音を矯正する「ことばの教室」にも通っていて、舌の運動やしゃべる練習などもしていましたが、この訓練の意図を全く理解せず、なぜ僕はこんな訓練をしているのだろうと思っていたほどでした。

 

だんだんと発音の悪さを人に指摘される回数が増え、補聴器の性能が上がってきたこともあるのか、自分の発音がいかに変なのかを理解するようになってきました。

そんなこんなで大学院生になり、発音の悪さによってものすごく大きな損失を被っていることを自覚しました。(もともと自覚はしていましたが、そもそも自分に自信がなかったのでどうでもよかったのです。)

ポスター発表のコメントで、「内容は面白いが声に覇気がない」といったコメントがいくつか書かれていたことが大きなショックでした。

 

当然発音や発声の本はちょこちょこ読んでいましたが、トレーニングをやってみても、そもそも自分が耳が悪いので正しいのかを確かめることもできないと気づきやる気をなくしてしまいました。

その悩みがだんだんと溜まり、インターネットで調べてみると構音障害という概念があることを知りました。というより、すでに知っていたのにも関わらず当事者意識が薄かったんだと思います。

 

もう自分の力でやるのも面倒になってきたのでリハビリ科のある病院に通って言語聴覚療法をお願いすることにしました。

これでも僕はだいぶ軽度な方なのでもしかしたら治療不要ということで弾かれるかもしれませんが、同じ悩みを持っている人にその体験を知って貰えれば嬉しいということで、これからこの治療についてブログで書こうと思います。

 

さいごに

子供が生まれる親御さん、乳幼児を持つ親御さんへ、

お子さんの聴覚障害の有無についてはなるべく敏感になるようにし、早急な対応をしてあげてください。特に軽度の場合は、健聴者の人と一緒に生活するケースが多く(むしろ本人がそれを望むと思います。)、ちょっとでも治ればいいよねといったレベルでは済まされません

どうか聴覚障害二次障害の治療に尽力してあげてください。

*1:誤解を恐れずに書けば、悩みを回避する方法を自分で考えた